ジョン・レスリー・ヌッツォ(1945年1月25日 – 2010年12月5日)は、多作なポルノ俳優であり、その後長年にわたり成人向け映画のプロデューサー兼監督としてキャリアを築きました。通常はジョン・レスリーという名前でクレジットされていますが、ジョン・レスリー・デュプレ、フレデリック・ワトソン、レニー・ラブリーなど様々なペンネームでも活動しています。 1973年の『Sensuous Delights』から、レスリーは約300本のアダルト映画に出演しました。彼はパフォーマーとしての時代に数々の賞を受賞しました。彼はセカ、ケイ・パーカー、アネット・ヘイヴンなど、当時の著名なポルノスターたちと共演しました。彼の最も注目すべき役は『トーク・ダーティ・トゥ・ミー』(1980年)、『ノーシング・トゥ・ハイド』(1981年)、『トーク・ダーティ・トゥ・ミー パートII』(1982年)です。彼は1987年の『ナイトシフト・ナース』から、演技から監督へと転身した最初のポルノ俳優の一人でした。